こうやって治った!辛かった腰椎椎間板ヘルニアの症状(実体験記①)

副院長の賀来裕貴です。

今回は、私の実体験を紹介させて頂きます。

色々な症状には、患った人にしか分からない苦しみがあります。私の場合は横になっていても痛く、歩く際は跛行(ビッコ)になっていましたが、結論から先に言いますと、無事治りました!そこで、回復までの過程を記事にしてみました。

人の体は十人十色。必ずこうなるという成功談ではありませんが、皆さんのご参考になれば幸いです。

※症状や疾病名が出て来ますが、上部頸椎カイロプラクティックは首のずれだけを扱います。患部への治療、対症療法は当初を除き行っておりません。自分の体が必要に応じて治癒した事を忘れないで下さい。

 

そもそも腰椎椎間板ヘルニアとは?

状態(疾患概念)

脊柱管内に突出した椎間板により馬尾神経根が圧迫され、坐骨神経痛を引き起こす疾患と定義される。

症状

脊椎症状(腰椎の前屈制限・坐骨神経痛性側弯)、坐骨神経刺激による下肢痛、障害神経領域に神経障害など。

治療法

排泄障害、進行する神経麻痺の場合は手術の適応、その他は保存療法を段階的に行う。コルセットや消炎鎮痛剤の使用、坐骨神経痛が強度、または消退しない場合は硬膜外ブロック注射を行う。

出典:整形外科学(南江堂)

 

実録 私の腰椎椎間板ヘルニア体験記

※症状や疾病名が出て来ますが、上部頸椎カイロプラクティックは首のずれだけを扱います。腰椎椎間板ヘルニアを治すための治療は行っていません。自分の体が必要に応じて治癒した事を忘れないで下さい。

いつ頃の話か

私が23歳頃で、現在の仕事に就く随分前の話です。

当時の私の上部頸椎カイロプラクティックへの理解度は、【症状への治療はしません。】という事だけ知っている程度。

また、『体の内側から働く自然治癒力で治る』という事は、幼少の頃より教わり育ちました。

下された診断名は腰椎椎間板ヘルニア

きっかけは、仕事中に足に違和感が出始めた事でした。段々とそれは痛みと痺れに変わり、仕事の姿勢が辛くなり始めたのです。そして立っているだけ、座っているだけでも痛みを感じるようになり、同時に腰痛を感じるようになっていました。

姿勢を変えるときがまた苦痛で、寝起きに起き上がる動作や、椅子から立ち上がる動作はとても辛かったです。

しばらく様子をみていたのですが、症状は悪化する状況が続いたので、病院で診察を受けてみると、MRIにて腰椎椎間板ヘルニア(腰椎3~仙骨1番間)と確認、診断されました。

当時の症状は、腰~お尻のえくぼ~太ももの外側~ふくらはぎの外側、足首にかけての痺れと痛みです。

最初はどんな病気なのかと心配していましたので、「同じ様に辛い人が他にもいる」という安心感だったのでしょか、病名が付いて一安心したことを覚えています。

自分で選んだ治療法

当時の私の選択肢としては、①上部頸椎カイロプラクティック ②病院での治療 の2択でした。接骨院(整骨院)や鍼灸院には、かかったことが無かったので選択肢には入りませんでした。

①上部頸椎カイロプラクティックについて、親元を離れていたこと、仕事も忙しく通う時間も取れなかった為に却下。

結果、『辛いのは足腰の痛みと痺れ。痛みを少しでも治してほしい。』という一心で、症状を治療してくれる、②病院での治療を選択しました。

提示された治療方針は、痛み止めのボルタレン。あとメチコバールという薬と、胃の保護でムコスタの服用。腰の牽引もメニューに入ったのを覚えています。コルセットも渡されました。

言われるがままに牽引は数回受けましたが、全く症状に改善が見られなかったのと、仕事が忙しく通院する時間も取れなかったために牽引は止め、薬で楽になる事で満足し、コルセットをしながら仕事も続けつつ、1年以上生活を送りました。

仕事的には体を動かす方であったので、運動不足は無いと思っていました。

薬の効果が切れると、とっても痛い!

仕事を続ける事は出来ました。でも、薬の効果が切れると痛みが再び襲ってきます。これは常に変わる事はありませんでした。

以前と比べると薬の効果が持続する時間は短くなり、切れた後の症状は前より確実に増していました。

夜は仰向けでは眠ることができず、眠れたとしても痛みで目が覚める日が増えてきました。歩くときは、びっこを引きながら、休憩しながら。

腹部に力を入れると非常に痛むため、排便にも難儀します。くしゃみは最悪で、できるだけしないように。どうしても我慢できないときは、四つん這いになり痛みを堪えながらくしゃみをする有様です。

座ったら楽かというと、それはまた苦痛で。何をやってもダメな時間は、着実に増えていました。

こうなると仕事にも支障をきたし始め、周りの方にご迷惑をおかけしながら、そして支えていただきながら、なんとか日々を乗り切っていました。

 

その②へ続く